「まんだらけ」 と 「マンドレイク」 と 「マンドラゴラ」 と 「曼陀羅華」 ― 前編。|げたにれの “日日是言語学”
メイドを1日体験してグッタリの新田はん
〓先々週の金曜の深夜、フジテレビで 「もしも」 を見ておりやした。アラフォーではなく、ジャスフォーになった、
おニャン子クラブ 会員番号4番 新田恵利 (にった えり) さん
が、今さらながらに、「腐女子」 (ふじょし) に入門するってえんですね。腐女子ファッションを揃えるため、年下のセンセイに連れられて、聖地 "中野ブロードウェイ" に。ついでに、「まんだらけ」。と、入口の店名のロゴが目に入りやしたがな……
MANDARAKE
〓「あっ」 と思いましたでゲスよ。一瞬ですが、
MANDRAKE 「マンドレイク」
と読めた。
〓そういうことってありやしょう?
〓イタリアで 「世界陸上選手権」 が開催されたときだから、調べてみると1987年 (昭和62年) ですね。ボーッと中継を見ておりますと、実況アナウンサーが、
メドベド選手、メドベド選手、メドベドメドベドメドベドメドベド
を連呼してる。ソ連の選手らしい。
ロシア人にそんな "梅雨どきのアメ玉" みたいな姓はないぞ……
〓と、よく考えてみて気がついた。
Медведь Mjedvjed' [ ミェド ' ヴィェーチ ] メドヴェーチ
という姓なんですよ。人口から言うと、父称辞 -ев -jev の付いた
Медведев Mjedvjedjev [ ミェド ' ヴィェーヂェフ ] メドヴェージェフ
のほうが圧倒的に多いです。медведь 「ミェドヴィェーチ」 というのは、ロシア語で 「クマ」 という意味の普通名詞。おそらく、「クマみたいな男についたアダ名」 が起源でしょう。
〓ドミートリイ・メドヴェージェフは、今のロシア連邦大統領ですね。
〓ロシアの選手が海外の競技会にエントリするとき、名前をラテン文字に転写します。つまり、
Medved
ですよ。これを日本のTVの中継スタッフが 「メドベド」 と読んだんですね。
文字を見なければ 「メドベド」=「ミェドヴィェーチ」 とは気づきません
〓でね、「もしや」 と思って、"まんだらけ" の名前の由来を調べたんですよ。こういうのが 「発見」 のキッカケになりやす。
〓ところが、"まんだらけ" の店名の由来というのが、インターネットで調べてもハッキリしない。アッシは、つねづね、
マンガだらけ → まんだらけ
だと思い込んでいた。コトによると、そうではないかもしんない。
〓ことによると、ヨーロッパでは恐ろしい伝説をともなう 「マンドレイク」 のことではないか、と思ったのです。
【 Mandrake とは 】
〓「マンドレイク」 は、「マンドラゴラ」 とも呼ばれる、「奇妙な伝説を持つ植物」 の名です。
「伝説上の奇妙な植物」 ではなく、「奇妙な伝説を持つ植物」
です。実在の植物。ご注意くだされ。
〓学名では、
Mandragora officinarum [ マンド ' ラゴラ オッフィキ ' ナールム ]
と言います。officinārum は中性形で、男性形・女性形は同形の officināris [ オッフィキ ' ナーリス ] です。officinālis [ オッフィキ ' ナーりス ] の異形。
〓どちらにしても、古典ラテン語にはなく、中世ラテン語で、「(民間療法において) 薬効のある」 という意味です。すなわち、医師の処方する薬ではなく、民衆のあいだで薬効があるとされている薬草などを形容する語です。
マンドレイク (紫花) マンドレイク (白花)
〓 mandragora は、古典ギリシャ語にさかのぼります。
μανδραγόρας mandragórās [ マンドラ ' ゴラース ] 「マンドレイク」。古典ギリシャ語
※同じく毒を持つナス科の 「ベラドンナ」 Atropa bella-donna を指す例もある。
〓これに対する和名は正式なものが用意されていないようで、「日本名=マンドレーク、マンドラゴラ」 などと書かれています。しかし、Mandragora 「マンドラゴラ属」 には複数の種 (シュ) があるので、属名 「マンドラゴラ」 を特定の種の和名にするのはよくありません。
〓すると、ねえんでがす、和名が。しかたがないので、ここでは、英語名を使い、「マンドレイク」 と呼びましょう。
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〓「マンドレイク」 という植物は、ヨーロッパ南部、地中海の東部沿岸地域、および、コルシカ島などの島嶼 (とうしょ) に自生します。
〓全草が有毒。特に、形がニンジンに似た根には、有毒なアルカロイドを含み、下痢と激しい嘔吐を引き起こし、幻覚作用、麻酔作用があります。
〓この植物は 『旧約聖書』 にも登場します。
דוּדָאִים dudaí:m [ ドゥダ ' イーム ] (現代音) 「マンドレイク」。複数形。ヘブライ語
דּוּדָא dudá: [ ドゥ ' ダー ] (現代音) 「マンドレイク」。単数形。ヘブライ語
〓この語は、『旧約聖書』 「創世記」 30:14~16、および、「雅歌」 (がか) 7:13 (14) に複数形でのみあらわれます。ヒエロニュムスによる 『ウルガータ』 では、
mandragoris [ マンド ' ラゴリース ] 複数奪格形
mandragorae [ マンド ' ラゴライ ] 複数主格形
でしかあらわれないので、この語形からのみだと、ヒエローニュムスが、「この名詞の単数主格の語尾」 を -gora としていたか、-goras としていたか、判断できません。
〓英語の聖書では mandrakes となります。日本語の聖書の場合は、
「恋なすび」 ―― 「創世記」
「恋なす」 ―― 「雅歌」
と2通りに訳されています。しかし、標準和名に 「コイナスビ」、「コイナス」 が選ばれているわけではありません。
〓「恋なすび」 というのは、英語の love apple など、「マンドレイク」 のヨーロッパにおける古い俗称に範をとったものでしょう。ただ、近世以降、ヨーロッパでは love apple が 「トマト」 を指すコトバに転用されています。
〓古典ギリシャ語では、「マンドレイク」 にオスとメスを冠した言い方があります。
μανδραγόρας ἄρρην
mandragórās arrēn [ マンドラ ' ゴラース ' アッレーン ] 「雄のマンドレイク」
μανδραγόρας θῆλυς
mandragóras thēlys [ マンドラ ' ゴラース ' てーりゅス ] 「雌のマンドレイク」
〓「オス」 のほうが、ここで話題にしている "マンドレイク" です。春咲きの "マンドレイク" に対して、秋咲きの Mandragora autumnalis [ マンド ' ラゴラ アウトゥム ' ナーりス ] (秋のマンドラゴラ) が 「メス」 と見なされたために、この名があります。この見立ては、ギリシャにとどまらず、後世のヨーロッパに受け継がれます。
〓 μανδραγόρας 「マンドラゴラース」 というギリシャ語の語源は明確ではありません。ただし、
μάνδρα mándra [ ' マンドラ ] (牛もしくは馬を入れる) 「囲い、家畜小屋」。古典ギリシャ語
※原義は 「囲った場所」 であるらしい。
という単語から派生している可能性がひじょうに高いと言えます。
〓単語の後半の要素は、
ἀγορά agorā [ アゴラ ' ア ]
「集会、集会の行われる場所、人の集まる場所 (広場、市)」
と一致するのですが、それでは 「囲いの中の集まり」 という、意味は通るが、語源に結びつかない語句になってしまいます。
〓もっとも、「マンドレイク」 という植物は、チリメン状のシワのある大きな葉をロゼット状に広げます。その直径は、大きい物で60センチに達します。そして、花は、その中央に集まって咲きます。このようすを、「囲いの中の集まり」 と、表現できないこともありません。 ( ↑ の写真をよ~くながめてチョ)
〓あるいは、こういう場合、「見せかけの語源」 とは異なる 「真の語源」 があって、もとの語源が忘れ去られ、語形が変形している可能性もあります。
〓ラテン語では、ギリシャ語を借用して、
mandragorās [ マンド ' ラゴラース ]
を主格形としています。ギリシャ語を踏襲 (とうしゅう) して 「男性名詞」 として扱い、しかし、曲用 (語尾変化) は -a に終わる女性名詞と同じです。
〓以前、「チーム・バチスタ」 について書いたときに、
baptista [ バプ ' ティスタ ] 「洗礼者」。男性名詞、女性変化。
というギリシャ語からの借用語の説明をしましたが、それと同じ扱いです。ただし、baptista は、その語尾をギリシャ語の -της -tēs ( ← tās ) から、ラテン語式の -a に変えているのに対し、mandragorās のほうはギリシャ語のマル写しです。この語形は、大プリニウス Gaius Plinius Secundus の 『博物誌』 "Naturalis historia" にあらわれるようです。
〓俗ラテン語、および、中世ラテン語では -s が落ちて、mandragora [ マンド ' ラゴラ ] だったようです。リンネは、これを取って、この植物の属名としました。
〓ただ、Mandragora officinarum という学名を見てわかるとおり、リンネは、Mandragora を中性として扱っています。これは大いにフシギなことです。他にも、以前、話題にとりあげた 「フウリンソウ」 は、
Campanula medium
というぐあいに、やはり、中性扱いにしています。
〓後世の学者は、これらの属名を使うとき、修飾する形容詞に女性形を使っており、おそらく、みな、「リンネセンセイ、ドウシチャッタデスカ?」 と思ったに違いないんですね。
〓ことによると、中世ラテン語において、このような変則的な語法を引き出す 「特別な事情」 でもあったのかもしれません。
【 「マンドレイク」 の伝説 】
〓このマンドレイクという植物は、「毒性 / 薬効」 の両面を持つと同時に、そのニンジンのような根が、
しばしば、二股に分かれ、ヒトの形に見えることがあった
ことから、奇妙な伝承が生まれました。すなわち、
マンドレイクが引き抜かれるときにあげる悲鳴を聞いた者はひとり残らず死ぬ
という恐ろしいものです。
〓ローマ軍との戦闘で投降したユダヤ軍の指揮官に 「フラーウィウス・ヨセプス」 Flavius Josephus (紀元前37年ごろ~紀元100年ごろ) という人物がいました。彼は、のちに著述家となり、キリスト教世界で有名となった 『ユダヤ戦記』 を著しました。
〓この本の原典はアラム語で書かれ、のちにヨセプスの監修のもとにギリシャ語に訳されたものの、アラム語原典は失われています。日本語訳で読めるものは、「ちくま学芸文庫」 にあります。
〓ヨセプスは、マンドレイクの安全な引き抜き方を次のように説明しているそうです。
――――――――――――――――――――
(マンドレイクの) 根の下のほうが見えるくらいまで周囲の土を掘らねばならない。次に、その根に犬をしばりつける。しばりつけた者はすぐに逃げなければならない。すると、犬は主人のあとを追おうとするので、根は容易に引き抜かれる。しかし、犬は主人になりかわって頓死する。そのあとの根は、何の危険もなく扱うことができる。
――――――――――――――――――――
〓犬一匹の命にかえても惜しくないほど貴重なものだったんでしょうか。
〓「マンドレイク」 とか 「マンドラゴラ」 が、後世、もったいぶって引用される背景には、かような伝承があるのです。
中世に描かれた 「犬を使ったマンドレイクの採り方」。
11世紀に、アラブの医師 「イブン・ブトラーン」 ibn Buṭlān ابن بطلان がバグダッドで著した書物に
"Taqwīm al-ṣiḥḥa" تقويم الصحة 「タクウィーム・アッ・スィッハ」 がある。
「健康の暦」 という意味で、今で言う、「健康ハンドブック」 である。
ヨーロッパ世界では、この翻訳書が13世紀から、数種類の翻訳書で流通し、広く普及したらしい。上の図は、その挿絵。
書名はラテン語で "Tacuinum sanitatis" 「タクウィーヌム・サーニターティス」 という。
sanitatis は、「健康」 を意味する sānitās の属格。すなわち、「健康の」。
tacuinum は古典ラテン語にはなく、アラビア語の taqwīm を音転写した語である。
現代イタリア語で、「ノート、ポケットブック、メモ帳」 を taccuino [ タック ' ウィーノ ] というのは、
このアラビア語からの借用語である。
【 なぜ、「マンドラゴラ」 が 「マンドレイク」 となったのか? 】
〓古英語でマンドレイクを指す単語は、俗ラテン語ないし中世ラテン語の語形と同じ、
mandragora
でした。
〓しかし、「ヒト形の根の伝承」 が原因で、英語では man + dragora という民間の語源分析が起ったようです。その際、後半の dragora が 「ドラゴン」 を意味する単語と混同されました。そして、さらに、この部分が 「ドラゴン」 を意味する drake という単語に置き換えられ、
mandragora 「マンドラゴラ」
mandrake 「マンドレイク」
という2通りの語形が併存することとなりました。この現象は、英語にのみ起こったものです。
〓日本人が 「ドラゴン」 として知っている、西洋における "竜" を指すコトバの起源は、
δράκων drákōn [ ド ' ラコーン ] 古典ギリシャ語
です。これがラテン語に入って、
dracō [ ド ' ラコー ] ラテン語
となりました。語末の -n が無いように見えますが、これは一種のラテン語のクセで、本来、-ōn となるハズの単数主格では、一様に -n が脱落して、発音されないのです。ですから、実際の語根・語幹は、
dracōn- [ ドラコーン ] 「ドラゴン」。ラテン語。語根・語幹
なのです。
〓これが 「ドラゴン」 になる理由はカンタンです。フランス語などのロマンス語では、
母音に挟まれた子音 [ p ], [ k ], [ t ] が有声化する
※母音と r のあいだに挟まれた場合も同様である
からです。すなわち、
vacuus [ ' ワクウス ] 「カラの、空いている、人気のない」。ラテン語
――――――――――――――――――――
vague [ ' ヴァギャ ] 「あいまいな」。フランス語
vago [ ' ヴァーゴ ] 「あいまいな」。イタリア語
vago [ ' バーご ] 「あいまいな」。スペイン語
vago [ ' ヴァーグゥ ] 「あいまいな」。ポルトガル語
※スペイン語には 「怠け者の」、ポルトガル語には 「放浪の、気まぐれな」 という
語義もある。これは、ラテン語の vagus 「放浪の、放漫な、定見のない」 という形容詞が、
c の有声化を起こした vacuus と同形になり、語義の類似から1語になってしまったものである。
というぐあいです。
〓この有声化は、イタリア南部では起こらなかったのですが、「イタリア標準語」 となったトスカーナ方言は、ちょうど、この境界上にあったため、有声化が起こった語彙は50%以下にとどまります。
〓また、フランス語では有声化したのちに、摩擦音化し、さらに、消失してしまう例が多いので、「イタリア語―フランス語―スペイン語―ポルトガル語」 というロマンス語の主要現代語で、vague, vago のように、揃って有声化が見られる例はマレです。
〓通常は、次のような様相を呈します。
amīcus [ ア ' ミークス ] 「友人」。ラテン語
――――――――――――――――――――
ami [ ア ' ミ ] フランス語 ※ c → g → ɣ → 消失
amico [ ア ' ミーコ ] イタリア語 ※ c は変化せず
amigo [ ア ' ミーご ] スペイン語 ※有声化が起こっている
amigo [ ア ' ミーグゥ ] ポルトガル語 ※有声化が起こっている
〓「ドラゴン」 はこうなりました。
dracōn- [ ドラ ' コーン~ ] 「ドラゴン」。ラテン語。語根・語幹
――――――――――――――――――――
dragon [ ドラ ' ゴん ] (古)フランス語
drago [ ド ' ラーゴ ] イタリア語
dragón [ ドラ ' ごン ] スペイン語
dragão [ ドラ ' ガウん ] ポルトガル語
〓イタリア語は、本来、dragone [ ドラ ' ゴーネ ] となるハズです。そうなっていないのは、イタリア語において -one に終わる単語は 「指大語」 (しだいご)、すなわち、「大きな~」 を意味する語形であり、これと偶然一致してしまった dragone が 「大きなドラゴン」 を意味するものと分析されたため、指大辞 -one を取り去って、通常の男性名詞語尾 -o を付けられてしまったからである、と考えられています。
【 英語の 「アウ」 は、なぜ、ou と綴るのか? 】
〓英語の dragon はフランス語から借用されたものです。それゆえに、dragon 「ドラゴン」 となるんですね。中期英語における、借用された当初の語形には、dragoun, dragon, dragun が見られます。中期英語の -oun という語尾は、鼻母音の -on に終わるフランス語を借用する際によく現れます。
現代英語 ← 中期英語 ← 【 古フランス語 】 → 現代フランス語 / ラテン語
salmon ← sāmoun ← 【 saumon 】 → saumon / salmō 「鮭」
[ ' sæmən ] [ ' sɑ: ˌ mu:n ] [ sau ' mõ ] [ so ' mɔ̃ ] [ ' サるモー ]
nation ← nācioun ← 【 nacion 】 → nation / nātiō 「国民」
[ ' neɪʃən ] [ ' nɑ: ˌ sju:n ] [ na ' sjõ ] [ nɑ ' sjɔ̃ ] [ ' ナーティオー ]
〓中期英語というのは、フランス語式の綴りが混入したため、綴字法 (ていじほう=つづり方) が大いに混乱した時期であり、samoun などは、他にも1ダースを超える異綴 (いてい) があります。nacioun の場合は、他に見られるのは、nation, nacoun (ヘンな綴りネ) の2通りのみですが。
〓古フランス語の -on に対して、中期英語では、通例、-oun [ -u:n ] が現れます。これは、ノルマン・コンクエスト以来、英国を支配していたノルマン系フランス人の言語である
アングロ・フレンチ Anglo-French
※アングロ・ノルマン Anglo-Norman とも言う
すなわち、英国の支配層が話していたフランス語で、大陸フランス語よりも早い時期に
o [ o ] → ou [ u ]
※狭い o が、さらに狭くなって u に変化するという現象
という変化が起こっていたからです。
〓インド=ヨーロッパ祖語は、「自由アクセント」 と言って、現代ロシア語のように、いかなる位置にもアクセントが落ち得ましたが、ゲルマン語では、これが第1音節に固定化されました。ゲルマン語に属する英語でも、本来語ではアクセントは第1音節に落ちます。
〓しかし、フランス語は、
ラテン語の 「第1音節」 と 「アクセントのある音節」 しか残さなかった言語
なので、アクセントは必ず語末にあります。つまり、支配者の言語──フランス語と、被支配者の言語──英語では、アクセントの位置が正反対でした。
〓それゆえ、中期英語では、フランス語の語末の主アクセントを語頭に移すとともに、語末に副アクセントを置きました。
〓 drágòun のような単語の場合、のちに、語末の副アクセントが消失すると、長母音 [ u: ] は 短母音 [ ʊ ] となります。すなわち、
dragon [ dra 'gõ ] [ ドラ ' ゴん ] 古フランス語
dragoun [ dra 'gũ ] [ ドラ ' グん ] アングロ・フレンチ
↓
dragoun [ 'dra ˌgu:n ] [ ド ' ラ ˌ グーン ] 中期英語
dragoun [ 'dragʊn ] [ ド ' ラグン ] 中期英語
↓
dragon [ 'drægən ] [ ド ' ラグン ] 現代英語
ということです。けっきょく、綴り字じたいは現代フランス語と同じになりました。
〓しかし、このアングロ・フレンチに由来する ou が第1音節にあって、英語で主アクセントが置かれていた場合は、次のように、英語とフランス語の 「綴りと発音」 の差になって現れます。
mountain [ 'maʊntən ] [ ' マウンテン ] 現代英語
montagne [ mɔ̃ 'taɲ ] [ モん ' タンニュ ] 現代フランス語
〓大陸フランス語では、狭い o [ o ] がそのまま鼻母音化しましたが、アングロ・フレンチでは、狭い o [ o ] が ou [ u ] に変じてから鼻母音化したのです。
〓のちに、英語では、「大母音推移」 (だいぼいんすいい) という現象が起こり、[ u: ] が二重母音 [ aʊ ] となりました。
〓こうした例は、他にも、
council [ ' カウンスる ] 「議会」。英語
conseil [ コん ' セイユ ] 「助言」。フランス語
※中期英語では counseil。 -c- はラテン語 concilium を模したもの
count [ ' カウント ] 「数える」。英語
compter [ コん ' テ ] 「数える」。フランス語
※古フランス語では conter。 -mp- はラテン語 computāre を模したもの。
この動詞は computer 「コンピューター」 の語源でもある。二重語。
count [ ' カウント ] 「(大陸の) 伯爵」。英語 ※英国では earl
comte [ ' コーんト ] 「伯爵」。フランス語
※古フランス語では conte。 -m- はラテン語 comes を模したもの。
comes の語根・語幹は、comit- である。フランス語は対格 comitem から。
found [ ' ファウンド ] 「基礎を築く」。英語
fonder [ フォん ' デ ] 「基礎を築く」。フランス語
※語源はラテン語の fundāre。いっぽう、英語の fund 「資金、基金」 は、
ラテン語の fundus を、直接、借用したもの。
fountain [ ' ファウントン ] 「泉、噴水」。英語
fontaine [ フォん ' テンヌ ] 「泉、噴水」。フランス語。
と、いくらでも例を見つけることができます。また、これは、英語の ou が、なぜ、 [ aʊ ] 「アウ」 と読まれるか、ということの理由でもあります。
〓 house や out などは、古英語では hūs 「フース」、ūt 「ウート」 だったのですが、大母音推移によって発音が 「ハウス」、「アウト」 となったため、本末転倒ですが、フランス語の 「ウ」 をあらわしていた ou という綴りが流用されて、house, out と書くようになってしまいました。
例によりまして、お長くなりますので、前編・後編に分けました。後編は↓
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